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「日本語教師、危機一髪」1

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   #忘れられないあの教室 #バングラデシュ #1990 #HOSHI TORU 忘れられないあの教室⑶ 「日本語教師、危機一髪 」1                                                                                                                                                  写真:中川潤 海外で日本語を教えるということは、「海外で人間としての生(人生)を生きる」ということでもある。つまり、日本語教師である前に、また日本人である前に、一人の生身の人間として生きるということだ。これは実はそれほど軽い事ではない。「そんなこと海外でなくても同じ」なのは勿論だが、海外で異文化の中に身を投じると、そのことが生々しく、くっきりと浮き出て見える。特に「異文化度」が高ければ高いほど、「人の生を考える」ことを否が応でも強いられる瞬間というものが増える。 国際交流基金で2年間の研修を受け、修了試験に合格し、ついに憧れの海外派遣専門家としての第1歩を記すべき任地が言い渡されるという運命の日の前夜、奇妙な夢を見た。『派遣先が イスラマバード に決まった』という夢だった。何の文脈もプロットもなく、ただ、「派遣先がイスラマバード」という告知のみが天の声のように聞こえてくるという、実に奇妙な夢だった。しかも、「イス...